Quiet Corner -心を静める音楽集- Web連載 第2回
1 Bugge Wesseltoft / Everybody Loves Angels
急に涼しくなって、ようやく秋かなと、思う間もなく、今度は寒さが到来。すっかりマフラーとコートが手放せない季節となりました。本当に年々、秋が小さくなっていて、個人的には、もう少し、「読書の秋」とか「食の秋」とか「スポーツの秋」を満喫したかったのですが、こういう楽しみはこの冬の持ち越したいと思います。さて、12月に入れば、もう今年も終わりですね。例年なら、今頃は忘年会やクリスマスといった行事の日程を立てたりして、忙しいのですが、残念ながらそういう雰囲気ではなさそうです。新型コロナ・ウイルスの第三波が到来して、僕や家族も再び自衛を強化し、不安な日々を過ごしています。そんな時は、少しでも音楽が癒しの役割になれば、というささやかな思いをこめて、今回はクリスマスに聴きたい、穏やかで優しい作品を選んでみました。
ノルウェーを代表する音楽家、ブッゲ・ヴェッセルトフトは北欧らしい透明感あふれる音を紡ぎだすジャズ・ピアニストです。彼はロックやフォーク、クラシックなど、ジャズ以外の様々な音楽ジャンルも得意で、今作はサイモン&ガーファンクル、キャット・スティーヴンス、ボブ・ディラン、ビートルズといった有名曲をピアノの独奏でカヴァーしています。普通なら、こうした内容だと、多彩でまとまりに欠けるカヴァー集になりうる可能性がありますが、彼の演奏は違います。全て一貫した、美学に基づいた世界観で描かれていて、誰でも安心して耳を傾けることができます。特にサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」の美しさといったら言葉になりません。僕は数あるヴァージョンの中でも、この演奏をベストに挙げたいです。その他の曲もどれも素晴らしく、冬の静けさに包まれた朝に、温かなコーヒーと共に、そっと流していたくなる、そんな一枚です。
他にもクリスマスになると聴きたい作品がたくさんあります。せっかくなので、あと4枚、駆け足になりますが紹介しましょう。シンガーズ・アンリミテッドはドイツを代表するジャズ・コーラス・グループです。70年に沢山のアルバムを残しましたが、中でも傑作なのが、美しいアカペラで吹き込まれた、このクリスマス・アルバムです。録音も素晴らしいので、ぜひ実際にスピーカーで音を出してお聴きください。
ラドカ・トネフとスティーヴ・ドブロゴスの『Fairytales』は、ヴォーカルとピアノのデュオ作品です。儚く切ない声を持つラドカ・トネフと、ガラス細工のようの繊細な音色を奏でるスティーヴ・ドブロゴスのピアノが、美しく溶け合う名作です。白眉は冒頭に置かれたジミー・ウェッブ「The Moon Is a Harsh Mistress」。どこまでも切ない、その歌と演奏に胸が打たれます。
チリー・ゴンザレスはカナダのピアニストです。こちらは彼がコロナ禍の中で録音したクリスマス曲集。彼の演奏の魅力は、ただ美しいだけではなく、そこはかとない悲しさが漂っていることです。クリスマスの日は、確かに楽しく幸せであってほしいけれど、同じ時、世界のどこかでは、それさえも経験できない人がいることを忘れてはいけない。彼のピアノに耳を傾けていると、そんな気持ちがこみ上げてきます。彼もまたこのように述べています―「クリスマスは僕にとって熱烈な感情が交錯する時間だ。表面的な幸福に浮かれる時期ではあるけれど、自分を振り返り、一年に起こった悲しいできごとを悼む時間でもある。
さて最後の1枚は、僭越ながら、僕が選曲を手掛けたコンピレーションCDを。『Quiet Corner – a collection of christmas music』には、定番のクリスマス・ソングと、クリスマスの時期に聴きたい曲が、織り交ぜて収録されています。どの曲も、心をほっとさせてくれる優しい雰囲気をもっています。
まだ大変な日が続きますが、どうぞ皆さんご自愛ください。そして素敵なクリスマスを。また来年お会いしましょう。
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2 The Singers Unlimited / Christmas
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3 Radka Toneff & Steve Dobrogosz / Fairytales
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4 Chilly Gonzales / A very chilly christmas
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5 Various / Quiet Corner – a collection of christmas music
【プロフィール】
山本勇樹
HMV本部にて商品バイイングを担当する傍ら、ラジオやUSENの選曲、数多くのライナー・ノーツや雑誌への寄稿を行い、2014年には書籍『クワイエット・コーナー~心を静める音楽集』を刊行。過去に文具ブランドのデルフォニックスや洋服ブランドのニシカとコラボレーションを実現。また友人の吉本宏と共にbar buenos airesの活動も行う。2016年にはモントルージャズ・フェスティバル50周年の公式リポートを担当した。2020年12月に韓国にてクワイエット・コーナーの新刊を出版。
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